ここはどこ?私は誰?って感じです(笑)。
ふくみみ、頑張って書いてくれてたんだねえ。偉いぞ〜^^。
昨年12月の16日に父が亡くなりました。
病気はたくさんもっていたのですが、理由は転倒によるものでした。
若い頃には厳格な父でした。
仕事のうえでも趣味の広さや深さでも父は完璧でした。
警察官だったのですが、最終階級は警視長でした。
高卒ノンキャリアとしては稀な出世らしいです。
そんな父に私はずいぶん反発しました。
そしてコンプレックスの裏返しか、私は父とは正反対のひとと結婚しました。
父が二度目のクモ膜下出血で倒れ手術したのは8年前でした。
10日も目が覚めず、もうだめかと思いました。
そして奇跡の回復を遂げ、出なくなっていた言葉が出るようになり、無くした記憶を少しづつ取り戻せたのは、
ひとえに父の
前向きな生き様でした。
悲観主義者のような父だと思っていたのに、どこにそんな生命の強さがあったのか驚くばかりでしたが、
次々と襲い掛かる病気のオンパレードで入退院を繰り返し、耳が聞こえなくなっても、視力が弱くなっても、しっかり歩けなくなっても
知的好奇心だけはなくさなかった。どんなにつらそうに見える状況でも
楽しむことを見つける人でした。
いつか見えなくなる日がくることを覚悟してか絵を描くことをはじめました。
そして去年、いよいよ見えなくなってきたんでしょう
最後に私たち家族に1枚ずつ絵をくれて、ぷっつり描くことをやめました。
写真も趣味でした。
若い頃は自宅で現像、焼付けをしていましたので写真もやまほどありました。
報道写真で賞をとったこともあるみたい。
その写真の整理を始めたり、過去の新聞の切り抜きを1枚1枚ファイルしてみたり、部屋の模様替えをしてみたり、好きなお酒のコレクションを1本1本利き酒してみたり・・・。
腐ることなく、投げやりになるでなく
いつもなにかをやっていました。
亡くなってから遺品の整理をしていたら、アルバムには全てナンバーがふってあって、年代順にきちんと整理されていた。
机の中の書類も、すべてわかりやすいように整理されていた。
少しずつ死へ向かっていく自分を感じて、コツコツと準備していたんだなあと思ったら
ものすごく泣けてきた。
生活では母が居ないとなにもできない、母には迷惑かけっぱなしの父でしたが、
寝たきりになるでもなく、認知症で困らせるでもなく、
最後まできちんとした生き様を見せてくれました。
そして苦しみもせずにあっという間に逝ってしまった。
私は父のような人間にはなれないけれど、どんなに反発しようとも父の子どもであったことはまぎれもない事実です。
ひとの命はいつか終わりを告げる日がきます。
父はこの世からはいなくなりましたが
父は私の中にも存在する。
父の厳格さは習えませんが、前向きな生き方は習いたい。
私も前を向いて生きていこうと思います。
・・・前向きすぎて今年になって始めたことがあります。
ビックリするなよ!って感じです。(笑)
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